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富山地方裁判所 平成5年(ワ)309号 判決 1995年3月15日

住所<省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

青山嵩

細川俊彦

大坪健

神田光信

藤井邦夫

本多利光

作井康人

藤井輝明

山本一三

東京都中央区<以下省略>

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

東京都足立区<以下省略>

被告

Y1

被告二名訴訟代理人弁護士

川村和夫

太田千絵

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金三二九万三八一六円及びうち金二九九万三八一六円に対する平成三年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その三を原告の負担とし、その二を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金八二三万二五四〇円及びうち金七四八万四五四〇円に対する平成三年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告野村證券株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員であった被告Y1(以下「被告Y1」という。)が、株式取引の勧誘にあたり、原告に対し不法行為を行ったとして、原告が、被告Y1に対し民法七〇九条に基づき、被告会社に対し同法七一五条に基づき、それぞれ損害の賠償を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  被告会社は、株式、国債等の有価証券の売買の取次等を業とする会社である。被告Y1は、昭和六三年一〇月ころには被告会社富山支店の営業担当職員であったものである。

2  原告は、昭和六三年一一月四日から同月一六日にかけて、左記のとおり、被告Y1の勧めに従い被告会社を通じて川崎製鉄株式を購入し、被告会社に手数料を支払った。その購入株式の総数は三万二〇〇〇株、購入価額の総額は三五三四万円となり、手数料の総額は二九万四五四〇円となった。

時期 数量 単価 手数料

(一) 一一月四日 一万株 一一二〇円 九万四七〇〇円

(二) 一一月九日 一万株 一〇七〇円 九万一七〇〇円

(三) 一一月一六日 一万二〇〇〇株 一一二〇円 一〇万八一四〇円

3  原告は、同月末、被告会社に預けてあった川崎製鉄の株券を引き取り、その後、荒町証券株式会社魚津営業所を通じて、左記のとおり右株式を売却した。

(一) 昭和六三年一二月二六日、一株九七〇円で二万二〇〇〇株を売却

(二) 平成元年一月一三日、一株一〇四〇円で二〇〇〇株を売却

(三) 同年一一月二八日、一株八六五円で三〇〇〇株を売却

(四) 平成三年六月六日、一株四二七円で五〇〇〇株を売却

二  原告の主張

1  原告は、昭和六三年一〇月ころまで、株式等有価証券取引の経験は無く、株式その他の有価証券に関する知識は皆無であり、前記のとおり昭和六三年一一月四日に川崎製鉄の株式を購入したのが原告の初めての株式取引であった。原告は、被告Y1ら被告会社従業員に、そのことを告げていた。

2  被告Y1は、川崎製鉄株が当時既に以後の株価の上昇はほとんど見込めない状態にあったにもかかわらず、原告に対して、「川崎製鉄を買えば必ずもうかる。今は一一〇〇円くらいだが、じきに二〇〇〇円、三〇〇〇円になる。」、「今は揉み合い状態だが、間もなく上がり始める。野村がやっている株だから絶対に儲かる。損はさせない。」「川崎製鉄で八〇〇〇万円もうけた人もいる。自分は五〇億円を預かって運用もしているから、信用してくれ。」等と虚偽の断定的判断を述べて、株式取引の知識及び経験がない原告を誤信させ、前記のとおり川崎製鉄の株式を購入させた。

3  原告は、右株式購入に伴い、被告会社に支払った手数料相当額二九万四五四〇円の損害を被ったほか、右株式購入価額総額のうち同株式の売却によって回収しえなかった差額七一九万円の損害を被った。

原告は、被告らが訴訟外において支払に応じないため、本件訴訟を代理人らに委任するの止むなきにいたり、相当額の報酬を約したものであり、弁護士費用として七四万八〇〇〇円の損害を被った。

三  被告らの主張

1  原告の被告会社との有価証券の取引は、原告の父親が承知していたものであり、原告には、身近に株式投資について相談することのできる父親がいた。また、原告自身が株式投資について熱心な態度を示し、自ら情報収集もして、取引について自主的に決めていた。

2  被告Y1は、原告に対して川崎製鉄株の買付けを推奨するにあたり、同株式が値上がりする見込みがあると考え、そのように考える理由を土地の含み資産評価による株価評価の観点、業績の観点、大型株の出来高の観点から具体的に述べてその買付けを推奨したものであって、有価証券投資の推奨として通常なされる程度のものであって、なんら違法とされるものではない。

また、原告は、被告Y1による川崎製鉄株の買付けの推奨を受けて、その取引をすることを自主的に決めていた。

第三当裁判所の判断

一  証拠(乙第一号証、原告本人、被告Y1本人)によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和四三年に高校を卒業した後、YKK(吉田工業株式会社)の工場に勤務し、昭和五六年以降はタクシーの運転手として稼働していたが、昭和六三年一〇月二四日、父親の資金を用いて有価証券への投資をしようとして、新聞や職場の同僚からの情報により海外投資信託の一つであるザ・タイ・プライム・ファンドを購入しようと、被告会社富山支店に電話を架けた。すると、被告Y1から、右商品は扱っていないがその代わりに投資信託の一つであるアジアニーズ・ジャパン・ファンドを購入しないかと言われ、同日、右投資信託一万口を一三二〇万四六〇〇円で購入した。

原告にとっては、右取引が始めての有価証券取引の経験であり、被告Y1においても、原告が投資経験に乏しいことを承知していた。

2  その後、原告は、被告Y1に勧められ、最初に川崎製鉄の株式の買付をした同年一一月四日までに、左記のとおり、転換社債の買付け及び投資信託取引を行った。

時期 銘柄 受渡金額

(一) 一〇月二八日 日本石油転換社債 五四七万九九三六円

(二) 一〇月三一日 福井銀行転換社債 二〇〇万円

(三) 一一月一日 ザ・タイ・プライム・ファンド 二七八万四一三二円

(四) 一一月一日 大東京火災海上保険転換社債 五三八万四四二八円

(五) 一一月二日 東京ドーム転換社債 一〇〇万円

(六) 一一月四日 大日本印刷転換社債 五三二万九二三七円

右のうち、(一)については、一一月四日に二三万五八九九円の利益を出して売却した。

また、右取引の後、原告は、川崎製鉄の株式の買付けのほか、一一月一五日に、日本鋼管株式一万株を一株九〇六円で購入し、原告の父親のNTT株式四株の売却代金を右購入代金に充てた。更に、原告は、一一月一六日、前記(二)の転換社債については四三〇円の損金を、同(四)の転換社債については二三万六四三〇円の損金、同(五)の転換社債については一〇万一九四〇円の益金を、同(六)の転換社債については一三万三〇三六円の損金を出して売却し、同日買付けの川崎製鉄の株式代金に充てた。

3  被告Y1は、原告に対して川崎製鉄の株式の買付けを勧めるにあたり、「東京湾ウォーターフロント」という地図を資料として、一株当たりの純資産評価を根拠に、土地価格が上昇していた状況のもとで東京湾岸に土地を保有している企業の株式の値上がりの期待が大きいことを説明するとともに、川崎製鉄をはじめとした大手鉄鋼会社が業績の転換期にあること、鉄鋼等の発行済株式数の多い大きな会社の株価が上がっていることを示して、川崎製鉄の株価が上昇すると考える根拠を示した。また、被告Y1は、一一月九日、同月四日に原告が購入した価格に比べ株価の下がった川崎製鉄の株式をさらに一万株買い付けることを勧めるにあたり、原告に対して、まだ株価が上昇するという予測のもとに平均取得価格を下げる難平(ナンピン)と呼ばれる手法を説明した。

4  原告は、一一月二一日、被告Y1から日本車両の株式の買付けを勧められたが、他の証券会社に問い合わせて日本車両に特別な株価変動の材料があるか否かを確認のうえ、右勧誘を断った。原告は、そのころ、株式に関する書籍を購入したり図書館で調べたりして、川崎製鉄の株価収益率等に疑問を持ち、被告Y1及び被告会社に不信を抱くようになり、一一月二九日、父親と相談のうえ、期日の到来していない投資信託を残して、被告会社に預けてあった川崎製鉄及び日本鋼管の株券を引き取った。

二  以上の原告の被告会社との取引の経過によれば、原告には株式取引の経験が無く、また父親の資金を投資しているにもかかわらず、原告が一一月九日に行った難平買いは、五パーセントにも満たない株価の下落の局面において行われており、株価の上昇を見込んだ積極的な取引であること、同月一五日に別の鉄鋼株である日本鋼管株を一万株買いながら、翌日に、価格の上昇した川崎製鉄株を購入していること、同月一六日の川崎製鉄株の買付け資金の一部は、損金を出して転換社債を売却して用意されているところ、それらの転換社債につき直ちに売却すべき理由が窺えない(甲第七号証の3、4、6)ことを総合すると、原告は、被告Y1による勧誘を受けて、川崎製鉄の株価が今後さらに上昇することを信じていたことが推認できる。

三  他方、証拠(甲第八ないし第一〇号証、被告Y1本人)によれば、被告会社においては、社内資料であるポートフォリオ・ウィークリーにおいて昭和六三年に継続して川崎製鉄を取り上げており、そこでは一株当たりの純資産評価によれば川崎製鉄の株価はさらに高額になりうる計算がなされていたこと、昭和六三年一月から一一月までの間に川崎製鉄の株価が三倍以上に上昇していたことが認められる。

四  右二、三の事実に照らすと、被告Y1が、原告に対して川崎製鉄株を勧めるにあたり、「値上がりするから絶対に儲かる、損をさせない。」とか「鉄鋼株は値上がり確実で、倍にでも値上がりする。」と言い、原告は、これを信じて川崎製鉄株を買い付けた旨の原告本人の供述は十分信用できるものと考えられる。

もっとも、前記のとおり、原告は自ら株式取引に関する知識の獲得に努め、情報を集めたうえで、被告Y1の勧誘を断ったことがあったが、これは、川崎製鉄株の買付けの後のことであり、これをもって、原告が、自らの判断で川崎製鉄株を購入したものと認めることはできない。また、前記のとおり、原告の被告会社との取引につき原告の父親も承知しており、原告の父親には有価証券取引の経験があることが窺えるが、被告Y1の断定的判断の告知にもかかわらず、原告が右判断を鵜呑みにするおそれがないほど、原告の父親が原告の取引に関与したことを認めるに足りる証拠は無い。

すると、被告Y1は、仮に川崎製鉄の株価が上昇する予測を持っていたとしても、株価の性質から右株価の上昇が確実であるとまでは断言できないにもかかわらず、その旨の断定的判断を原告に告げ、原告を誤信させたものであるから、右行為は違法であって、原告に対する不法行為を構成し、被告Y1及び被告会社は、これによって原告が被った損害を賠償すべきである。

五  争いのない事実によれば、原告は、川崎製鉄株の取引により、被告会社に総額二九万四五四〇円の手数料を支払い、買い付けた同株式の売却により補填しえなかった株式購入代金相当額は七一九万円であり、右の合計七四八万四五四〇円の損害を被ったものと認められる。

しかしながら、前記認定の事実及び原告本人の供述によれば、前記のとおり当時の川崎製鉄の株価の上昇経過にもかかわらず、原告は、格別の調査・検討をすることもなく安易に被告Y1の断定的判断を信じたものと認められ、このような原告の態度にも過失があるから、被告Y1の不法行為の態様、程度と原告の過失を対比し、これに本件の取引に係る諸事情を総合考慮して過失相殺として右損害額の六割を減じ、二九九万三八一六円をもって原告が被告らから賠償を受けるべき額とするのが相当である。

また、本件事案の内容、審理の経過並びに右に判示した過失相殺の程度及び認容額等に鑑みると、弁護士費用に相当する損害として賠償を受けるべき額としては三〇万円が相当である。

六  よって、原告の請求は、被告ら各自に三二九万三八一六円及びうち二九九万三八一六円につき平成三年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 中山孝雄 裁判官 鈴木芳胤)

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